山廃仕込みとは
日本酒は、蒸した米を「麹」と、「酒母(もと)」という優良酵母を純粋培養したものを混ぜ「もろみ」として発酵させることで造られます。
この「酒母(もと)」という優良酵母を培養する方法として大きく分けて「速醸系」と「生もと系」という2通りのやり方があります。

現在では、酵母仕込みといって、培地で酵母を大量培養して使う方法もありますが、「酒母(もと)」は、本発酵である「もろみ」の経過に重大な影響を与え、「酒母(もと)」の味自体もできた酒の味を大きく左右します。
そのため「酒母(もと)」の善し悪しが非常に重要になり、古くから「一麹、二もと、三もろみ」といわれてきました。
「酒母(もと)」の過程で重要になるのは、いかに雑菌や腐造性の野生酵母の増殖を押さえ、優良酵母を活性増殖させるかという事です。

「速醸」では、最初に乳酸を添加し酸性にしておいて優良酵母を大量に接種し、雑菌や野生酵母が繁殖する前に数の論理で圧倒することで、優良な「酒母(もと)」を造る方法です。二週間ほどで、育成でき軽い味に仕上げやすいため殆どの蔵で行われています。(でも実は基本の技術は、共通することが多いです。)

「生もと系」では、酵母を育成する前に、乳酸添加をせずに一度、乳酸菌を繁殖させて乳酸発酵を行いその酸性で、雑菌を死滅させてから酵母を育種する方法です。
はじめに五度前後の低温で蒸し米をゆっくり溶かし、その過程で硝酸還元菌による亜硝酸発酵を行い、さらに乳酸菌を繁殖させてその乳酸と亜硝酸で野生酵母や雑菌を死滅させるという複雑な過程を行います。
その後、硝酸還元菌と乳酸菌も死滅し、自然淘汰を経て、酒造りに適した優良酵母だけが、その過酷な環境下で増殖することを許されます。

「山廃」とは、「山卸し廃止」の略で、従来「生もと」で行われていた、最初に「山卸」という蒸し米をすり潰す作業を行わず「酌み掛け」という麹の酵素がしみ出した液を蒸し米に何度も掛けることで、米を櫂で潰すのではなく、麹の力だけで蒸し米を溶かす方法です。

「生もと」「山廃」では、数の論理ではなく自然淘汰という適者生存の論理で酵母を育成します。
そのため、育成に一ヶ月の時間を要し、米を溶かす具合や温度管理に経験と技術が求められ、大量生産に向かないとの理由もあり、殆どの蔵で行われなくなりました。

しかし、「山廃」は、厳しい環境を生き抜いた少数精鋭の優良酵母を育成することができ、「もろみ」に移ってからも早沸きせず、ゆっくりとした経過をとりながらも最後まで力強く発酵します。
そのため、味のある柔らかな酒質を造りやすく、乳酸酸度が高いため切れのある酒になります。

酒にとって、もっとも旨みのある酸、乳酸を多く含み、米の味をじっくりと出せる
「山廃」は、日本酒本来の味を楽しむ燗や冷や(常温、本来冷や酒とは、常温のことをいい。春や秋など季候のよいときに飲むやりかた)に向いています。
熟成することでまろやかさを増し、腰の強い酒になります。また、燗をすることで酸味がまろやかになり旨みが増します。
「山廃」が秋上がりのする燗に向く酒と言われるのはこのためです。

「山廃」というと味がくどい、香りが悪いという印象をもたれる方が多いですが、基本に忠実に行えば決してそういう事はありません。(形だけまねた山廃が最近多いですが、それは山廃とは言いません。)
切れのあるコクが楽しめ、料理を選ばない米の旨みが味わえる酒が
「山廃」です。

この
「山廃」の理論と技術を理解していれば「速醸」でもすばらしい酒ができます。
それは、麹(酵素)と酵母そして米と水を知らなければ、造れない製法であり、酵母の増殖や米の溶解を頭ではなく体で感じる事ができて初めて造れる技術だからです。
旨い
「山廃」を造れる蔵に不味い酒はありません。




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